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横浜からの旅人
SL磐越物語号再び−SL会津只見紅葉号で会津若松へ
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作成日時 : 2008/11/23 20:59
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11月2〜3日に只見線でSLが運行されるというので1カ月前の発売日にみどりの窓口に並んだ。しかし、会津若松発、只見発ともすべて売り切れだった。ようやく手に入れたのが、2日の会津坂下15時59分発、終着の会津若松までの指定席である。2枚残っていたうちの1枚だった。一方、11月2日の新潟発会津若松行きのSLばんえつ物語号は難なく手に入った。座席は6号車21番D席である。このSLは11月の土日に運行されるので比較的入手しやすいようだ。
11月2日、夜明け前に自宅を出発、横浜に出て東海道線で東京へ。さらに7:00発上越新幹線Maxとき303号で新潟へ向かう。少し眠っている間に長岡を通過、新潟までは約2時間でとても便利だ。
ただし、新幹線に旅情気分はない。あくまでも助走区間であり、移動手段と割り切るのが適当だ。新潟に着く直前に窓に水滴が走った時には、ちょっと心配したが、結局杞憂に終わった。雨の旅行も悪くはないが、SL乗車にはやはり好天が似合う。
SLばんえつ物語号は既に7番線ホームに到着していた。発車時刻は9時43分なので、30分以上も前の入線である。
蒸気機関車C57-180の後ろに7両の客車を連結している。先頭が1号車で、4号車は展望車である。私の6号車は後ろから2番目の車両である。座席は一番後のドアに近い進行方向の左の窓側であった。この席は前方の機関車や連結している列車が見られ、写真を撮るにも絶好の私にとっての特等席だった。
席にリュックを置いて最後尾の列車から先頭の機関車までホームを歩く。いつものように列車見学である。機関車の周りには見物人で溢れておりとても賑やかである。子供づれの人も多いが、老夫婦も運転席から駅員に写真を撮ってもらっていて満面の笑みである。ノスタルジックな雰囲気は人々を幸せにする効果があるようだ。
私は1号車に乗り込み、2−3号と客車を通過しながら6号車まで行くつもりであったが、4号車の展望車を通過したところで乗りこんでくる乗客で身動きが取れなくなった。やむなく、一旦ホームに降りて6号車に向かった。
SLばんえつ物語号の座席は固定式の向い合わせボックスシートであるが、背もたれは高く、えんじ色の豪華な造りである。空調もエアコン完備の最新式である。一方、後で乗った只見線のSL会津只見紅葉号の座席は昔ながらの固いボックスシートで天井には扇風機があった。照明は丸型蛍光灯がむき出しで、それも点灯していたのは一つ置きなので、薄暮の中を走ると車内は薄暗い。雰囲気は蒸気機関車全盛期を思い出させるようだった。
SL会津只見紅葉号は真岡鉄道で運行されているC11−325をJR東日本が借り出したものであった。
私が自席に戻った時には、窓側の席にあるリュックの周りを家族連れ3人が取り囲んでいた。部外者の私一人が割り込んだ格好になる。私の前に座っている小学生の男の子は携帯ゲームに夢中である。
列車は警笛を鳴らすこともなく、静かに滑り出したが、男の子は窓の外を見るわけでもなく、ゲームに熱中している。SLには全く興味がないようだ。親も知らんふりでゲームを許容している。私は何のためにSLに乗っているのだと腹立たしくなってきた。男の子は弁当を食べるのも鈍く、ほとんど箸が進まない。食べ始めて15分以上も過ぎたころ、母親が弁当を取り上げて子どもの代わりに食べ出した。男の子は再びゲームを始めた。最近の家族生活は家庭でもこんな様子なのだろうか。
3人連れが途中駅の津川で下車した時には、ホッとするほど私の神経は高ぶっていた。代わって席に着いたのは3人の中高男性で団体旅行のグループである。こちらはお疲れなのか喜多方で降りるまでほとんど眠っていた。
磐越西線は郡山から新津まで営業キロは175.6キロであるが、SLばんえつ物語号が運行されているのは新潟から会津若松までの126.2キロである。新津までの信越本線を経由し、所要時間は4時間弱にもなる。
途中駅では機関車の給水・石炭の補給、運転席の見学などもあるR東日本の新潟支社が企画しているイベント満載の観光列車である。一方、会津若松から郡山まではSL郡山会津路号やSL磐梯会津号が運行されているが、この企画は仙台支社の運営である。ただし、蒸気機関車は共通のC57-180を使用し、ヘッドマークを取り換えて各々走行している。
私は今年(2008年)7月に山都から会津若松まで一部区間に乗っている。今回は新潟から会津若松まで全区間を乗り通したが、逆のコースは既に初夏の2005年6月に乗車しているので全行程の乗車は2回目である。調べてみると2006年、2007年にも一部区間で乗車していた。毎年乗っていることになるが、季節が変われば、車窓風景も変わるので何度乗っても新鮮さを味わえる。
13時31分定刻に会津若松到着した。
さっそく14時発の会津坂下(ばんげ)営業所行きのバスに乗るため駅前のバスターミナルに向かう。途中の仲町官庁前で下車すると只見線の会津坂下駅が近い。この駅からSL会津只見紅葉号に乗る予定である。発車時刻は15時59分発なので時間的には余裕があるため、ぶらぶらと町歩きを楽しみながら駅に向かう。途中で小学校の校庭に土俵があるのを見つけた。屋根付きの立派なやつである。相撲の盛んな地域なのかと思ったがご当地出身の関取の名は思い浮かばなかった。
会津坂下駅につながる道路は広いが、人通りはほとんどない。駅前のスーパーマーケットも閉鎖されたままのである。駅前広場の右隅に背広姿の銅像が立っていたので、見に行くと春日八郎である。昭和の20年代から一世を風靡した男性歌手は、この地の出身だった。碑には「赤いランプの終列車」の歌詞が刻まれており、前に立つと歌が流れている構造になっているらしいのだが、何度前を通っても音楽は聞こえてこなかった。
会津坂下駅には無人駅ではなく、駅員がいて、みどりの窓口も開設されていた。15時30分を過ぎると人が集まってきた。SLを見物する人や乗車する人たちである。私は停車時間が2分あるのを確認して、駅の外に架かっている跨線橋の上に立つ。遠くから汽笛の音が聞こえてきた。しばらくして煙を吐いた蒸気機関車を先頭に3両の客車を連結した車両が見え、その雄姿は段々大きくなる。ドラマチックなひと時である。
指定席は全部売り切れのはずだが、ところどころに空席はあった。只見線は磐越西線よりもローカル色は強く、車窓からみる風景は田んぼが多い。すでに稲刈りは終えており、切り株が並んでいる。中でも目に付いたのは柿の実である。赤い独特の色をした柿が磐越西線でも只見線でもいたるところで見られた。出荷用のためか幾本も並んでいる樹もあれば、庭や道端にある柿の木もある。たわわな実を付けたままなので、何時になったら収穫するのかと人ごとながら気になるところだ。
SLを見に出てきた人たちは大人も子供も手を振る。こちらも手を振り返す。カメラマンも蒸気機関車が彼らの前を通過すると、客車に向かって手を振る。復活したSLならではの心和む光景である。
晩秋の日暮れは早い。会津若松に到着する前に陽は落ちて車窓は暗くなっていた。
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